ふっくらと居心地よい心の実家
のびのびと過ごした子ども時代
八木真奈美です。生まれは栃尾です。栃尾の、山の方。子どものときは、何して遊んだかね。空き地に秘密基地を作った。学校から帰ってくるとね、そこに本を持ってきて集まったり。集落には、子どもはぽつんぽつんしかいなくて、6人くらい。
学校は、町まで行ってました。2キロちょっとかな。片道50分とかさ。だから丈夫なんですよ、わたし。中学校もそのまま持ち上がり。チクチクするのが好きで、手芸部やってましたよ。帰り道は長いから、中学のときはずっと小説を読んでたかな。高校も栃尾。で、楽しい3年間を送り。高校は、ギター持って歌ってた。軽音楽っていうの。で、部活動は新聞部っていうのがあって。校内新聞を書くところに入って、うちの旦那もそこにいて、一緒に新聞を書いてた。ものすごく本を読む人だから、文章とかさ、書き方とか教えてもらって。
やりたいことと向き合う
将来したいこととか、何にもなかった、わたし。いいお母さんになりたかった。で、なるにはいい旦那さんと結婚しないと、って思ってた。地元で就職をして、6年いたかな。6年いて、結婚して。わたしたちのときは、結婚退職するっていうのが普通だった。みんながおめでとうって言って退職するのが習わしっていうか。旦那の職場が長岡だったから、二人でアパートに入って。そしたら、おじいちゃん、旦那のお父さんが栃尾で仕事があるから戻ってきたら、って。戻ってきて、そこで30年くらい。事務して経理して。総菜屋だから、仕入れからメニューからレシピ立ち上げから、忙しくなると呼ばれるの。毎日楽しく、ほんとに朝から晩まで働いた。何でもやらなきゃいけなかったのが今ね、役に立ってる。
30年の会社を辞めたタイミングは、まず友達が亡くなったこと。お菓子屋さんやってて、すっごい元気でやり手だったのに、具合が悪くなって、それから入院したけど1週間くらいで亡くなったの。そのときに、こんな簡単に人は死ぬんだなって思った。わたしもいつどうなるか分かんないから、やりたいことないのかな、何がやりたいんだろうって。子どもたちも、いいよ、何でもやりなって。息子が、母さんの飯は美味いからさ、飯屋でもする、って言って。そしたらある朝、携帯のSNSにさんビズの告知が入って来た。それが夏のタイミングなの。
一期一会のさんビズ
えっ、何これ、起業セミナーじゃん。ここ、わたしに合うかも、と思って。受講料も、夏のボーナスから充てれば何とかなるか、みたいな。でも、榎本さんがどういう人か分からない。榎本さんと共通の知り合いの人が何人かいて、聞いたら、大丈夫!真奈美ちゃんの背中を押してくれるよ、行ってきな、って言ってくれて。えっ、そうなの、って信じた。それで、会社を辞める決意をしました。
さんビズは、若い人がいっぱいいてくれて、すごい楽しかった。考えることも違うし、すごいなって。みんなが思ってくれたことをね、言ってくれて。普段やらないことを経験させてもらった。人前でさ、何か書いて発表することなんかまずないでしょ。面白かったな。KP法っていうプレゼンテーションの練習もやってね。そのあとも、講習でKP法を使うけど、みんなの食いつきが違うよね。
講座の最終回で起業プランを発表している様子
ずっといてもいい店
お店のイメージ。わたしが炊けるのはおこわぐらいだなって思ったけど、ご飯屋はやだなって。ご飯屋って、ご飯食べたら終わりでしょ。蕎麦打つのは好きだから、蕎麦屋もいいけど、食べたら帰らなきゃいけないじゃん。ずっといられる場所って、カフェかなって思って。いつまでもいてもいい雰囲気。でも、誰が来るか分からないのを待ちたくなかったの。完全予約にして、自分がやりたくないのを探していったかな。
講座をやってる最中に、保健所にどういう風にしたらいいかを聞きに行った。大工さんが、冬の間は暇だからやってくれるって言って。で、もうオープンの日を先に決めた。旦那の誕生日が5月15日だから、そこにしようと思って。そこから逆算して動いて行ったら、みんなね、何回も来てくれて、モニターでご飯食べてくれたんだ。5、60人来たんじゃない。あれがなかったら、多分一人ではできない。さんビズの人だから、ほんとのことを言ってくれたりさ、色んなことを見て知ってたりして、教えてくれたんじゃないかなって。それでもまだいっぱい落ちがあって、人呼ぶたびにいろんな学びを。
自分のペースで働くことの楽しさ
これだけ働いて、3万だよと。朝から晩まで働いてね。会社に行ってればね、帰ってくれば何もしなくてもいいわけでしょ。終わらなければ、何時まででもやらなきゃいけないじゃん。でも、逆にじゃあ終わってあとの時間何するのって、することないもん。ずっとキッチンで明日何にしようかなって、料理の本見たりネットで調べたりしながらだから、片付かないの。ちょっとメール返したりとか。あっ、これが楽しいんだなと思って。そしたら楽になった。誰にも怒られないんだもんね。お茶飲んで、携帯いじって、あ、まだ洗い物があったね。明日の仕込みに栗むかなきゃ、みたいな。そんな感じ。
地元の食材に囲まれる幸せ
栃尾の人って、みんな畑してて家族で食べきれないからさ。野菜とかくれるよ。それを悪くならないうちに使うために、いろんな料理を考える。美味しいとか言われると、調子に乗ってさ。とれたてのね、無農薬の野菜が来るんだもん、ありがたいよね。お品書きとか書いたらって言われるんだけど、だって突然朝になって変わるでしょ。だから、分からないことあったら聞いてくださいって言って。作り方教えて、っていう人もいっぱいいるよ。企業秘密じゃないから、何でも教えるよ。お客さんから聞くこともある。聞いたのをすぐメモして作ってみたり。好きな人は、美味しいの作ったから持ってきたって言って。
日常をいったんリセットする
みんなゆっくりしてるでしょ。そういうところだからさ。デザートメニューを2、3種類くらい作っておいたけど、デザートってあんま出ないんだよね。何でかって言うと、わたしが忙しそうにしてて声をかけられないんだって。えっ、そうなの、分かんないよ、そんなの、って思って、デザートまで全部込みで値段変上げたの。それからほんとに、デザートまで出てこの値段ならさらにいい、ありがたいわって。さらに長くなる、帰らない。いいの、帰らなくて。
初めて来る人ってさ、玄関入ってきてさ、何ここって。お店っぽくないじゃん。入ってきてもまだ、しかめっ面してる。何が出るか分かんないし、お茶碗選べとか言ってるし。で、お膳が出ると、うわー、って段々顔つきが変わってきて、最後デザートになるとまた喜んで、おしゃべりが続く。
お店の名前の由来もね。をこわの「を」は、終わりの「を」。ここに来るまでのリセットをして、ドアを抜けたら外の世界を忘れてのんびりゆっくりとしたひと時をお過ごしください。名前はわたしにはすごく大事だったから、決まったときはすっごい舞い上がった。
さんビズは助け合いとつながりの経済
さんビズする人ってさ、人を使わないわけでしょ、基本。それはね、いいと思う。自分でやりたいように考えて、やりたいようにやって、それをちゃんと学ぶ。何も分からないで自分一人でお店がやりたくても、多分できなかったと思う。ちゃんと講座を受けたから、分かったこともいっぱいあるし、一緒に受けた同期の人がね、助けてくれたから。きっと一人で起業したら、思うようにいかないんじゃない。助けてくれる人がいたからさ、続けられたかなって思う。そのためには、ほんとにいい場所だったと思う。孤独じゃないもんねぇ。
終わったあともつながるし。それもさ、ずっと会わないで突然会ってもさ、会話がつながる。雰囲気がつながってるよね。そこが不思議。わたし、サラリーマンとしてしか働いてこなかったからさ、さんビズの扉を開けた向こう側の世界は全く違ったよね。もう、そっちにどっぷり漬かってるけど。こうした方がいいんじゃないって言われて、そうかなって思ったらするでしょ。すると、次来てくれたとき、自分が言ったことが反映されてるって思うとさ、気分がいいらしいよね。わたしはそんなつもりじゃない、いいなと思ったからするんだけどさ。 それは人の助けがある世界じゃん。すごいよね。
時代に合わせて仕事も変わる
わたしも年をとって、同じ提供ができなくなるかもしれないじゃん。時代も変わるんでしょ、多分。そしたら、注文受けて、お惣菜作って売る。同じ仕事だけど、違う仕事。楽しいでしょ、どんな時代が来るかなって。あとはね、カレーの日とか、お蕎麦の日とかさ、いいでしょ。絶対変わる、時代が。だから、それに合わせて自分の仕事も変えていったりね。楽しいよね。
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