㉒~八期生・渡部智恵美さん

ここにあるもので地域と暮らしを満たす

好奇心旺盛な少女時代

渡部智恵美です。三条市で生まれました。どんな子だったんですかね。言うことは聞かなかった。みんながとにかく手を焼いた。でも、いい子だったんですよね、両極端だけど。三姉妹で、お姉ちゃんと妹がいます。

小さいときに好きだったのは、外で遊ぶことですかね。スキーしてキャンプして一輪車して、とにかく活発にやってて。習い事もどれも楽しかった。習字、ピアノ、バスケ、空手。毎週やってました。

住んでたのは、新しい住宅街だったので、土なんていじったことないみたいな感じですね。農家の友達が新鮮な野菜をバーベキューに持ってきて、それがめちゃくちゃ美味しい、羨ましいなとか、お母さんの実家がいろいろ作ってて、そういうのを食べた思い出はある。

迷いに迷った高校生活

小、中と三条。高校生のときは、学校が加茂だったんで、電車で行ってました。自分が行きたい学校は三条の高校だったんだけど、諦めて入っちゃった。理容師に憧れてたけど、結局親の言うことを聞いてしまった。ダメだって言われて諦めちゃいけないな、行きたい高校を受ければよかったって、大人になって思った。今は今で幸せだけど、もうちょっと違ったんじゃないかな。つまんない学校生活になっちゃったんですね。

友達関係とか勉強とか、全然うまくいかなくなって。そんなときにお父さんが、好きなこと見つけて一生懸命やれって毎日言ってくれて。でも、自分のやりたいことって全然分かんなくて。大学進学してもいいんだよ、って言われたんだけど、行きたい科もないし。で、もう高校出たら就職しない、って決めたんですよね。好きなことは見つかんないから、とにかく今やってみたいと思うことを一つずつやってったら、スノーボードに出会って。

人生を救ったスノーボード

スキーは、2歳か3歳から。毎週、冬は親がスキーに連れて行くっていう。小さいときから、スノーボードしたかったんですよ。危ないからダメだって親に言われ続けて、やったことなくて。だけど、本当にやりたいからやらせてくれってお願いして、一年中滑るようになった。お金かかるからって籠ったのが湯沢のスキー場だったんです。高校出てすぐ、19ですね。

オリンピックの選手と一緒に生活する機会っていうのが、1回だけあったんですね。そのときに、自分はここまで目指してないって気づいてしまって。いろんなことを犠牲にしてやってたんで。あと、自分の大切にしてた犬が死んじゃったんですけど、自分で飼うって決めた犬の面倒を見れない。自分の中で何やってんだ、みたいな。そのときに強く、もうやめよう、この生活って。

結婚するんだったら、今の不安定な生活では結婚できないっておじさんに言われて。今思えば、もっとやればいいとこまで行ったかもしれないけど、社会に出て、もうちょっと人の気持ちを知りたくて。親に言われた通りに会社でやってみようと思って入ったのが、アウトドアショップだったんです。キャンプだったり、外遊びだったり、むちゃくちゃ幸せだった。仕事で山も登らせてもらって。海と山があるのがよかったんで、上越に異動してもらったんです。一生懸命やってたんで、いいとこまで行っちゃったんですね、社員の中で。年上の人とどういう風に接したらいいか分からないし、人に対しても自分と同じくらい頑張れとか思ったり。すごくよくない雰囲気を自分が作ってしまった。で、多分病んじゃったんですね。26のときです。

精神的にも肉体的にもやられて、もうダメだって休んで。好きなことは休みの日にやった方がいいなって思って、事務の仕事に転職しました。そこでまた事件が起きるんですけど。おばあちゃんが毎日電話くれて、励ましてくれて。このまんまじゃいけない、ってどっかで思ってたから、もう一回踏み出そうと思って、またスノーボードしたんですよ。今度は奥只見に籠って、そこでパパと知り合ったんです。紹介してくれた人は、すっごく一生懸命スノーボードやってるから、この人の紹介なら大丈夫だなって。

自然に囲まれた生活

結婚してすぐ、パパの地元の魚沼に来ました。しばらく働いてなくて、そのおかげで料理やるようになったり。子どもができて、変わった。タバコも吸ってたんですけど、やめたっていうのが大きかったかも。本もすごく読むようになったし、いろんなセミナーとかお話を聞くようになった。風邪もひかなくなって、体も楽になって、健康だからっていうより楽しかった。で、地域の環境も守れて、すごく満たされてるなって思います。

農薬を使ってないお米を買おうと思ったんですけど、魚沼では全然なくて。じゃあ、自分たちで作ればいいじゃんって。田んぼと畑はパパの実家の。最初は、家庭菜園から始めて。畑は農薬を使ってなくて、友達が欲しがって喜んでくれて。これ、すごい楽しいなって思ったんですよね。

お祭りとかに行っても、子どもたちに食べさせたい屋台がなかったから、そういうのが一つくらいあってもいいじゃん、って思って。その中に焼き芋屋さんがあったら食べさせたいな、焼き芋屋さんやろうってパパに言ったら、いいよって。そのとき、芋は作ってたけど足りなかったんで、自然栽培のを他から仕入れてやり始めたんですよ。今年で3年目、2021年からですね。

さんビズとの出会い

さんビズの発表会に行ったときは、何もしてないですよ。6期生の発表会に知り合いから誘われて。なんか手に届きそう、これなら自分でもできるかもみたいな感じはありました。あと、高くないじゃないですか、受講料も。楽しそうだったのもある。やりたいなって思いました。そのあとすぐに榎本さんにメールしたんですよ。また連絡しますって言われて、一年くらい空いたと思います。2回くらい連絡いただいて、やってみようって思った。2022年です。

受講してみての変化。なかなか考える時間って一人じゃできないから、あのとき時間使ってやったことは、自分の宝だし、力になってるなって思います。今でも見返すときあります。そのときにペルソナの話が出たと思うんだけど、まさに今、そのペルソナと出会ったと思うんですよ。すごいびっくりして。ほんとにこんなことあるんだな、って。

終わったあとは、さんビズやり遂げた、みたいなのはあったかも。長いじゃないですか、一日。でも、ゆっくり考える時間ができた。お母さんして仕事してると、考える時間ってないから。あ、自分はこれとこれを売っていくんだ、って強い気持ちができたような気がします。あと、そのあともセミナーとか起業講座に出たけど、思いの部分を宿題で考えてきてください、って宿題になっちゃうんだ、って。数字なんか家帰って宿題でもいいけど、一番大事な思いは、一人で考えるの大変なんだけど、とか、みんなどういう風にやってるか知りたいんだけど、みたいなところだから。それをさんビズの中でできたのが一番の収穫かも。言葉が苦手だから、カードで引いて表現したり、たっぷり時間を使ってくれたのはすごく大きかったですね。最後は発表させられて。もう一回、自分に言い聞かせて。何を伝えたいか。一人じゃ口に出さないしモヤモヤしちゃう。口に出すことで、あっ、そうかもって分かるから。

成果発表会の様子

地域にあるいいものを活かして

焼き芋に魚沼の炭を使ってるのは、単純にここにあるものを使った方がいいじゃん、よりおいしく焼ける方がいいじゃん、みたいな。そういう炭が近くにあるんだから、使わないわけにいかないよね、みたいな感じですかね。パパの友達が森林組合で働いてて、炭焼きの職人さんを紹介してくれました。炭で焼いて食べたら、うわっ、めっちゃ美味しいじゃん、って。

あるもので起こしていきたいっていうのが強い思いだったのと、自然栽培のお野菜が美味しいと思ってるっていうのがあって。お米は、食べるなら絶対無農薬がいいなって思ってたんだけど、パパは大変だ、みたいなのがあったから、ちょっとずつ。流れに乗ってくれたんだと思います。今では、もしかしたらパパの方がいいの作らなきゃ、って思ってるかもしれない。3反歩から始めて、今は5反。来年1町になります。機械も入れてるけど、手と機械で分けて。みんなね、手植えもすごい楽しんでくれて。

最初の1、2年はJAに出してたんですけど、自分たちで売った方が単純に楽しいじゃん、ってパッケージを作って。予約取ったりはしないですけど、去年はすぐ完売しちゃって。この辺の人が県外に送るのもあるし、あとは東京の人も少しずつ増えてますね。ほとんど直接会った人です。講座が終わったときは、出だしだったんで半分趣味みたいなのが、今は少し変わったのか、やっぱり食べていけるようになりたい。

歩き出せば、道は開ける

モヤモヤしたままでいいから、さんビズに参加してみるといいかもしれないです。そのモヤモヤが何か分かるから。何かやりたいとかなくてもいいと思うんですよね。そんな初めの一歩としてすごくお勧め。まず行動してみると、きっと道は開ける気がするので。

家で食べるものも、なるべく自然栽培のものを選ぶようにしてます。よく高いんじゃないかって言われるけど、生活水準が上がった感じはないかな。昔よりも満たされてるから。昔はもっと表面的なとこにお金使って、内側にはお金使ってなかったんですね。

さんビズが第一歩で、今はめちゃくちゃ楽しくやれてます。やっぱり自分がやりたいことをやった方がいいと思う。精神的にしんどかったときは、自分を殺して誰かに好かれたいとかやっちゃってたから、それを続けると自分を見失っちゃう。初めの一歩、勇気いるかもしれないですけど、踏み出してみてください。

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